2018年7月22日日曜日

良いものを作っても評価されない?技術ベースで走ったときに陥りがちな貞操感?_#125

予定の合間にカフェで作業すると、結構はかどりますね笑
さて、今日は理系の研究開発(自分の経験と同業者ほかをみて)に思うこと。
ポスドク問題しかり、経営、マーケティングが大組織の主導権を握ること、
良いものを作れば評価されるか、と言えば、別の話だという気づきです。
理系の就職問題、ポスドク問題1等が話題になって久しいですね。
僕自身が理系のポスドクであり、自分自身と同世代や年の離れた先輩後輩を見て
成果主義を悪い方向にとらえると大こけするのではないかと思うのです。
理系、特に技術、ノウハウを持っている人にありがちなことですが
良いものを作れば評価される、良い業績を出せば評価される、
だとすれば成果の数が多い人が評価されるのだ、と。
競争社会、成果が評価されるのは一つの事実ですが、
本当にそれだけでしょうか?僕はそうは思いません。
誰が、何を評価しているのでしょうか?

経営とマーケティングが大組織の主導権を握る

理系のプレイヤーの成果主義と、相対する考えがあります。
良いものを新しく作らなくても、今あるものをよく見せることで収益をだす。
こういう考えが、マーケティング、営業的な発想だと思います。
どこが売れているか、どこに売れば成果がでるかという切り口がマーケティング、
売り込むことにフォーカスするのが営業であり、
作る際の効率に着目するのが生産管理。

僕は株式投資をやっていって、株主向け資料に目を通すのですが、
多くの大企業の代表は、外部の経営者経験者か、
持ち上がりだと、営業、マーケティング上がりが多い、次いで生産管理、
研究開発が代表をやっているケースは、中小のベンチャーや
成り上がりの1代目あたりに多い印象です。

また、大手製薬会社でも、研究開発部門の縮小が進み、
製造メーカーでも研究開発から手を引く部門も多いように思います。

国家、政治家や官僚、省庁と大学等の研究の関係に目を移すと、
理研等の研究組織や大学のような実働側は、トップが有名研究者か経営経験者。
お金を出す側、研究組織の中の研究チームに予算をつけるのは、
省庁であり企業、トップは研究現場ではなく、経営とマーケティングが多い。
(官僚の方は、自分で研究するというより、研究の品定め要素を考慮しマーケティング)
要するに、現場はお金を出す側、スポンサーにお金をつける事業が選ばれる。
恐らく、優秀な研究者かどうかという指標以上に、社会的な影響のほうが強い。

つまり、研究開発部門が大組織の主導権を握っていない、と僕は考えます。
どんな組織でも収益をあげられなければ破綻します(負債だしたら潰れる)。
政府とか企業からすれば、国や企業を大きくするのは利益を出す部門、
利益を出す営みが、既存のものを売ることであり、使ってもらう先にある。
利益が出る部門が主導権を握る(経営をする)のは理にかなっています。

技術ベンチャー等で、最初は自分達の技術で世の中をよくしようとか、
より良いものをつくろう、というところから出発しますが、
最初の柱があっても、さらにもう一つ柱を立てれるかは別の話でしょう。
組織が大きくなると、利益があるか否か、という概念がどうしても大きくなる。
研究開発、新しいものをつくるのは宝くじのようなもので、
やるのにお金がかかるし、確実に成功できるわけじゃない。
それよりは、今あるものをどうやってよく売るか、という考えが優位になりがち。
自然なことなんです、それが経営側が考えることです。
研究部門は、新しいもの、より良いものをつくることを考えるけど、
事実、良いものでなくても利益を出す方法があるでしょう。そのほうがだいたい安い。

よりよい製品が売れているかといえば、そうとは限らない(品質、価格、コスパ)。
良いと認知されているものが売れます。
だから企業は広告を重視する。
例えば、グーグルのサービスの多くが無料で使えるのは、広告のお陰です。

研究開発的考え方では、良いものをつくれば評価される。
一方、経営マーケティング的に考えると、
良いものでなくても、良いと認知してもらえば評価される。
前者は内容、後者は見せ方、営業部と研究開発部の資料、比べると一目両全。

例え良いものであっても、良いと認知されなければ評価されることはない。
それを、質が悪いと判断してしまい、良さを殺す判断をしてしまう例をちらほら見ます。
技術ベースでは、もっといいものをつくらなければ、いい結果出さないとと考えがち。
私(達)はダメなんじゃないか、自己嫌悪、自己否定、、、
あるいは、見る側を否定しにかかった結果、チームの内部崩壊、、、
引かなければ長い目で見れば勝てる局面で、引き返した結果負けてしまったり、、
これ、研究開発、技術側が陥りやすい部分かなと。
しかし、技術レベルをあげれば突破できるのか?本質は本当にここか?
実は伝わっていないだけ、というのもあると思うんですよ。
だとすると、技術ベースで走るなら、誰に、何を見せるのか意識しておくべきだと。
経営、マーケティングが技術より上か下かではなく、技術が経営を動かすためにいは、
経営やマーケティングが何を求めているか知っておくほうがいい。


株式投資からキャリアを考える。人材の短期保有と長期保有。

打算の話をすれば、雇い主は人材を安く買って、なるべく利益を得たいんですよね。
流行に乗ってるときにその人を雇いし、流行が過ぎたら手放して次の旬を雇う。
打算だけで考えるとこうなるかと。(実際はそこまで極端にはならないと思うけど)
技術側の後のキャリアを考えてくれるところはいいところだとおもいます。
これは僕が株式投資をやって思うことです。
投資家としては、自分に利益を出す銘柄を買います。
経営的な打算で人材の雇用を考えるとこうなります(実際は人情や育成等も大事です)。
短期売買的な考え方では、役目が終わればポイ。です。
旬の考えだとが技術あたりは、短期投資的でしょう。

長期保有する銘柄は、長期的に自分に利益を出す銘柄です。
人材でも、ほぼ同じことがいえると思います。
(打算では、ここで初めて、育てる、という概念がでてくる)
人材的に見れば、必要な部分に、安定的に信頼できる結果が出せることかなと。
仕事の長期保有の指標は成果の大きさより信用の大きさだと。
その信頼こそが、プロとして見るところの個性だ、と。

お笑い芸人をみてみれば、一発屋より
短期的な売り上げは少ないかもしれないけど、長く舞台にいる人のが稼いでる印象。
(長く活躍する売れっ子、トップに立つような人は両方を備えている印象ですが)
一発を当てた人は、当てる前後で技術が変わったか?
変わってないのだとしたら、注目されたかどうか(旬かどうか)が大事ということです。
そこで、(長く見ていたくなるような)質があれば残るし、なければ消えるでしょう。
一発屋というのは、短期保有に相当すると思います。
研究にしても、ポスドク問題だと希望者に対して職が10~20%程度と言われてますが、
成果の上位10~20%が残っているかと言えば、そうじゃないと思います。
プロの目で見て、信頼のできる仕事を長く続けている人が評価されている印象です。
成果が凄かったけど、廃業した人もいるということだと思います。
思うに、短期的な成果を重視するあまり、長期的な自身の武器を磨かないと長期はない。
短期保有されるための見せ方はできても、長期保有のメリットを示せるか。
ポスドク他短期の任期付き職は、雇う側の視点だと本来明らかに短期保有。
一方、プレイヤーは、短期職の延長に長期職があると考えたりする。
こういう認識のずれとポスドク問題やフリーター問題は無関係じゃないと思います。

成果主義に陥ると、結果を出せばそれでいいと考えがちです。
ですが、仕事は一人でやるものではないでしょう。
成果がたくさんあるけど、約束を守らない(期待した、頼んだ仕事をしない)人と
成果が程々だけど、約束を守る人(期待した、頼んだ仕事をしてくれる人)、
僕なら、後者と仕事をします。前者が圧倒的なら話は別ですが(ただし打算の関係)。
(さすがに、成果なしだとみてもらえないかもしれません)
経営側の視点をすると、雇いたいのは過去に素晴らしい結果をあげた人より、
自分たちのところで素晴らしい結果をだせる人。
そうすると、雇う側の利益ってなんだ。これだと思うのです。
技術ベースで走ると、こういうところが見えなかったりすると思うのです。
自分の過去の成果の大きさと雇う側の未来の利益、分けて考えるべきかと。
過去の成果を根拠に、未来どんな利益をだすかをPRするのが、営業かと。
過去の成果に傾倒すると、これがおろそかになりがちかと。

凄い成果、より先に、信頼のおける仕事をだせるか、そのうえで凄いと認知させるか。
研究開発、技術側としては、良いものを作る努力をするのは当たり前、
だけど、能力が高い順に評価されるかと言えば、おそらくそうじゃないと思います。
今自分が携わっていないものでも、必要に応じて身に着けてもいいと思います。
どうやって自分を買わせるかまで考えた選択をする、ってイメージでしょうか。
そして使い捨てられないために(短期保有銘柄とみなされないように)、
自分を長期保有するメリットを、わかりやすく見せ続ける努力が必要かと。


視野。専念と専念しない選択。

良いものをつくれば評価される、と思えばよいものをつくることに時間を使いがちです。
ですが、作る側と評価する側の基準が同じじゃないとしたら?
作る側にとって良いものでも、受け手にとってはそうじゃないものかもしれない。
その答えは自分の中だけで考えても出てこないと思うのです。
(作る側には作る側、評価する側は評価する側の視点。果たして逆が見えてますか?と)

そう思い、僕は引きこもらず外に出ることにしています。
専念するということは、他を見ないということだと思います。
もちろん、何のプロになるかは選択し、そこは深く掘る努力をしますが、
他をみなくていいかというと、そうじゃないと思います。
研究開発、技術職は奴隷のようにやるべきではないと。
専門はもつが専念はしない、じゃないと、間違えていてもそのことに気づかない。
(仕事の時間は仕事をしますが、プライベートや勤務外は別のこと考えてもいい)
目をつぶって歩くと、まっすぐ歩いたつもりだけど、実際ぐにゃぐにゃ進むことも。
方向性がプロとしての選択であり、専門にあたると思いますが、
周りをみるというのは、自分の方向性を微調整するのに必要な営みだと思うのです。
周りがどれだけうまくいく/いかないじゃなくて、自分ならばどうするか。
自分と周りは同じではないので。(誰であっても)

自分の部門とか関連だけじゃなく、それを柱に、外も見ておくほうが良いと思うのです。
(柱がないと中身が伴わない中途半端になり、それ以前だと思いますが)
同じ能力でも、使い方次第で思ってもみない結果が得られることもあるでしょう。
深く掘った穴は、誰も使わないかもしれない。
それでいいこともあるけど、どこを掘っているか分かった上でやるべきかなと。
なんとなくやる、というのは僕は勧められないです。
想いがあるのは結構だけど、客観的に今どこにいるかも見ておくとよいかと、
できるだけ、広い視点で(他者の目も取り入れて)。
自分を信じることは大切だけど、自分の視点を妄信して周りが見えなくならないように、
絶妙な間合い管理、大事なことかなと。


良いものを作れば評価される、僕はそうは思わない、というのは上で述べた通りです。
 ①マーケティング力不足:実力(成果)が正しく伝わっていない
 ②短期保有(雇用)と長期保有(雇用)が経営視点でまるで役割が違うと認知してない
 ③視野が狭い:自分の信じたものを妄信し、客観的な立ち位置が把握できてない
能力勝負で、①~③の欠如と能力負けを混同するのは、致命的かも知れません。
活路、攻めどころ、守りどころを抑えてるか、勝負事で大差がつくところだと思います。
逆に言えば、そこを押さえておけば大敗はしないこともあります。
研究開発の人が良いものを作ろうとするのは当然(最低限はできてないとなれません)、
良いものがつくれなくてもいいのではなく、そこしか見ないのは良くないと思うよ、と。
ポスドク問題の一因は、経営とマーケティングを考えてないことにあるかもです。
僕は現実から目を背けず、ちゃんと向き合っていこうと思います。
難しいことはたくさんあるけど、やりながら覚えるんでしょうね。
出来上がる前にいっておくのが、僕のスタイルです。(秘密は厳守するけど笑)
何様でもない。だけど、言うだけなら自由なはずです。他人に迷惑かけなければ。




  1. ポスドク問題の何が問題か、小林武彦



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