2026年3月4日水曜日

私の判断基準は、それをやって納得できるか、幸せと思えるか、後悔しないと言えるか

最近AIと会話するなどしていろいろ振り返っていますが、私自身、いろいろなことに挑戦したり、時に不遇な時期も経験していますが、判断基準を振り返ると、一つしかないようです。いつどんな状況にあろうと、私は「明るい未来」に進むことを手放さず、握りしめているということです。
  • その判断をして納得ができるか
  • その判断をしたけっか、幸せだと思えるか
  • その判断をやった結果、やらないよりも後悔しないと思えるか
シンプルですね。明るくない人生に行きたくないから、犯罪者ルートやそういうのにかかわる道には絶対に進まない選択です。こういうブログであったり、株の運用から、その他様々な方法を試してきたのは、少しでも「私が」明るい未来に進みたいから。誰かとの比較ではなく、私が納得できるかだけが大事です。研究を離れても、技術職員のような形で研究をサポートする形にいかなかった理由は、「ポルノグラフティ」の「アゲハ蝶 」の歌詞のごとく、私がやりたかった研究が「近づくことにできないオアシス」という位置づけになってしまい、精神的に病むと思うからです。私にはその道は耐えられない。逆に、どうせ自分なんて、みたいな道を選んだとして、それって幸せだと思えないから、そういう道は目指せない、という選択になります。

生きているからには、自分を捨てる生き方を私は幸せだと思えない。たとえ困難でも、自分が生きる道にだけ進む、ということになると思います。

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