2026年3月8日日曜日

夢とか想いは他人に託すものではないと思う

良い悪いではなく、私の好き嫌い。他人に押し活する人生では満足できない。

私は、「自分の夢とか目標を実現するのは自分だけ」と考えてます。人生には、上手くいくこと、上手くいかないことがあると思います。仮に自分が失敗して、何かを失ったり、上手くいかなかったとして、私は他人の成功でそれを代替する考え方がないです。

  • 子供、教え子、部下、後輩など
  • チームとか団体とか凄い人など
  • 苦難を経験した自分と似た立場にある人
  • 社会、システム、国など

そういうものが仮に私が欲しいものを手に入れたとして、それで私がやりたかったことが代替されたと思えません。他人がそれを達成したとして、私が満たされたことにならない。誰かを救うとか、誰かに肩入れすることをだめだとは思わないし、実際そういう人助けをやりますが、私が満足する道が残っていることが大前提です。私が誰かを助けることによって、私の道がなくなる、といいうのであれば、それは違うと思います。「私が自分が何かを達成することを諦めたうえでほかの人を押す選択」、になった場合、私にとって「自己犠牲」になります。だからやらない。私を捨て駒に使うことによって、誰かが何かを達成してもうれしく思わない。我が人生を度外視して献身するのは不愉快極まりない選択です。だから他人のタラレバを議論するより自分が進みます。

  • まず私が満足することが優先
  • 順序はともかくその道が残っているのが大前提
  • 私の夢とか目標をかなえるのは私のみ
  • 他人の夢は他人の物、私が干渉するものではない
  • 誰かが似たことを夢や目標にするなら、それはもうその人のものであり、私のものではない
  • 逆に、それを他人に背負わせると重いし、束縛になると思う (所謂毒親の一種になるよ)

夢とか目標は、他人に託すことができると私は思いません。やりたいことは私で達成を目指すのみ (輪廻転生などが存在しても同じで、来世の私のために今の私が献身するやり方は、私は絶対嫌)。盆に返らない覆水をみたら、私は他人でタラレバを満たせない。他人のタラレバに目を向ける暇があるなら、自分の器を満たすのみ。

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