4/1の投稿なので嘘であって欲しいのですが、タイトルは嘘ではありません。表題の通り、私は昨年末に某所で研究室主催者の選考が進み、最終選考で落選しました。その結果玉突きでいろんなものを失い、絶対に許せん、という気持ちです。不満や未練は尽きませんが、人生を諦めるつもりはありません。この怒りは勝つために叩きつけようと、私の切れるカードの中に発信があったので使ってみようと思った次第です。
- 想定していた受け入れ先がブログとのマッチングが良くない可能性があったので、これまで投稿を控えていましたが、やめにします。
- 所属元も私がうまく進む方向で協力してくれ、成功した場合にスムーズに移行できるように私の雇用契約が2025年の3月末で終了する形で進めていたことが裏目にでて、雇用を延長できず、なおかつ猶予1か月前後で次の職を探す形となりました。正直、寝耳に水です。
- 1か月前後の猶予でゼロベースで研究ができる環境を探し、いくつか応募しましたが、4/1時点でどこにも採用されず、無職となりました。
- 私は獲得していた研究費 (科研費) があったのですが、制度上研究費を受け入れ可能な研究機関に所属している必要があり、年内のどこかで1日でもそのような機関に所属していない場合、その研究費は廃止となるとの事です。結果、不本意ながら私の取得していた研究費を廃止にせざるを得ませんでした。
- こんな形で研究を終えるとするなら、不満しかない。晴れやかな気持ちで去るとか、できるわけないだろと思います。
まず不満を吐き出す
成功失敗は結果論で、出た結果は覆すことはできないけど、内心「理解はできても納得はできない」状態です。研究費然り、不本意ながら自分が作ってきたものを自分の手で終わらせざるを得なくなり、怒りであったり、やるせなさであったりと、いろんなものがこみあげてきて、正直なかなか進めませんでした。やっぱり私も感情のある人間なので、この状態で淡々と前に進めるかって言われたら、できませんでした。「断腸の思い」というのはこういう状態なんですかね。自分の人生はこんなものだなんて認めたくないし、自分はダメだったみたいな一言で納得できるわけもないし、怒りとか、不満とか、そういう気持ちばかりがでてきます。頑張ったけどダメでしたとか、一生懸命やったことに意味があるだとか、そういう言葉をもらっても何の気休めにもならないです。勝てなっかった結果をもって、それでよかった等とは、この件に関しては絶対に思いません。
私が報われる未来にだけ興味あるので、犯罪とか〇〇キャンペーンはしない
怒りをぶつける先を強いてあげるなら「システム」だと思います。現状のシステムの中で、結果として私が貧乏くじを引く羽目になったといったところでしょうか。私の元所属先、強力してくれた方々、受けたところとその関係者、結果として競合することになった関係者が「私を陥れたか」と問われたら、違うと思います。私が興味があるのは私が報われる未来です。誰かを手にかけたり、あばれたりしたところで、私の欲しいものは手に入りません。じゃあシステムを変えるために何かをするか (例えば政治などに関わる) と聞かれたら、しません。システムが変わったところで、恩恵を受けるのは、後の世代の人たちです。後に続く人を何万人救おうと、感謝されようと、自分が一人報われなければそんなことをやる意味がないと私は思います。傷のなめ合いだとかお酒を含め、何かに逃げることにも興味ないです。それをやっても何も手に入らないので。勝ち取ることに興味があるのであって、宗教に深入りするといった精神政界の中で満たされる方向を目指す気がないです。私は自分の人生を諦めていないし、今諦めるつもりも腐るつもりもないです。
手元にに残るカードを振り返って
だとすると今の自分に何ができるのかを真剣に考えてました。どんなに能力があってもそれを発揮できる環境がないと何もできない、努力や才能より縁や運の方が強いと、修士のときの指導教官と上手くいかなかった経験を経て、常々思っていましたが、結果として再びそういう状態になってしまったと思います。戦時中といった生きるだけで精一杯と思しき状態ではないけど、健康な体と、安全な環境があるだけ、こんなもので何ができるのかと、一度自暴自棄っぽくなったときもありました。周りでだれかが成功を勝ち取る中で、ただ生きているだけで満足せよ?ふざけるなと思ってました。しかし、「健康な体はあり、決して能力を失ったわけではない」か、今の自分にまだ残っているものは何だろうと思ったとき、まがいなりにも発信者 (ブログと配信など)、投資家ではあったなと。そして偶然にもどれも収益をもらえる状態にはあったなと。発信者の世界を見渡せば、どうやら成功している人より、失敗した人や何かしら可哀そうな環境にある人のほうが、投げ銭だとか、見る側や聞く側の協力を得ていることが多いことに着目しました。ならば成功を掴む可能性に賭けて、このカードをきってみようと思った次第です。
今の私でも同情と嘲笑をもらえると思った。だからこの気持ちをこのブログに書こう。
ということで、応援よろしくお願いします笑。AIにある広告の最適化をしてもらったので、閲覧が事実上の投げ銭になります笑。
Q. 似たような境遇の人はこういう方向に...
A. 一般論 (前例や標準的な道、所謂統計のN値) の話をているのではなく、私 (特異点、統計の外れ値) の話をしています。他の誰が満足していようと、私の人生は私が納得する道を目指すものです。
Q. 思ってはいても黙っている方が得なんじゃないの?
A. もし、研究を続けようとした場合のキャリアの上振れが、「任期付き研究員を転々とする」やそれに似た形だとしたら、私は「それでは満足できない」と思います。もっと美味しいものを目指すには、この話をネタに使って賭けに出る方が良いと判断しました。現実問題、この投稿を書いている時点で私は38歳であり、学位取得後、標準28歳前後の人と競合する場所で同じように勝負するのは得策だと思いません。このようなことを書くことによって、雇用される際に何かしらのデメリットを受ける可能性と、吐き出した結果成功する際のリターン (資金を得て経営者になるルート) を天秤にかけたとき、出すほうが良い、と考えた次第です。
Q. 遅かれ早かれ、任期切れになるよね?ただそれがこのタイミングだっただけじゃないの?
A. 確かに元所属だと、どんなに延長できても所属元のトップが定年退職するときで、帰還だけを見ればさほど変わらないでしょうね。ただ、その日が分かっていて緩やかにそこに向野と、突然ぷっつり切れるのは違うと思います。
Q. 分相応だと思って受け入れたら?あなたの成果、実績だとまあそんなもんじゃないの?
A. 痛いご指摘です笑。正直実績だけを生真面目に評価すると、私は高い方だとは思いません。最も、成果や実績は下駄をはける要素ではあると思いますし、何をもって評価するにも変わってくると思われます。別に私は他の成果を出している人を否定しているわけではなく、何かしらの方法で自分が活躍するなにかを作りたいということです。自分はこんなものだと考えて、より小さい器でいきるつもりがないし、だれがが決めた「お前はこんなもの」という器では、私は満足できないということです。